「こうして風景は消えてゆく」

大学という場が重要なのは、平たく言えば、「先生」がいるからだと思う。それは本でも友人でも場でも教師でもいい。教師ということであれば、僕の場合は、川瀬武夫先生と梅本洋一先生だ。1953年生まれの早稲田出身のお二人が、70年代後半から80年代初頭にかけて同時期にフランスに留学していて親交があったことを居酒屋でお聞きして、ああ、なるほどと思った。戦前生まれの世代が築いた制度や物事を、受け継ぐとともに、それを軌道修正してゆく、というのが50年代〜60年代世代の、結果的に大きな仕事であったことを、僕らは知っている。戦後の知の最重要地区が、パリであったことも然り。その背景には、60年代後半の「革命」があることも。(カウンターカルチャーを考える上では、アメリカの60年代後半の方が、重要だと思っているが。)

川瀬先生は文学部の学際化を押し進め、制度改革を主導なさった。梅本先生はご自身の関心の領域の「学際化」に注力され、いや、元々の多方面に関心をお持ちだったという方がより近いのだろうが、文学、演劇、映画、建築(スポーツ)を横断する評論を展開されている。

梅本先生の授業は3年間潜っただけなので、先生とお呼びするのは不適当に違いない。だが、ある世代の小林信彦のような存在として、僕は尊敬し続けている。

川瀬先生が学際化した文学部、とりわけそれが激しかった第二文学部は、学部としては消えた。一年の冬に転部試験を受けた際に、面接でK先生に、君のやりたいことは一文では出来ないから、そのまま二文にいなさい、と説教をして頂くことがなければ、きっと残りの三年間を後悔しながら過ごしただろう。だから僕は、川瀬先生と第二文学部という「先生」に、本当に感謝をしている。

梅本先生には、むしろ卒業後に学ばせて頂く機会が多かった。卒業後も授業に潜ったことはもちろんだが、カイエのバックナンバーや、WEB、雑誌のnobodyを中心に、執筆なさった記事を拝読してゆくことで、映画や建築について、オバマ流に言えば、「ウォルターを基準に、その他の人たちは判断された」というような存在として、端的には注目せざるを得なかった。もちろん、梅本先生以外の本もたくさん読むので、何から何まで諸手を挙げて賛成する、ということではないのだが。

早稲田で師事された安堂信也について、『ゴドーを待ちながら』の初演の客席に居合わせた、というのは、やはり安藤元雄に才能があったからだ、決定的な場に居合わせる、というのは、嗅覚が機能していなければならないからだ、ということを話して下さった。だから、決定的な場に居合わせる、ということは、とても大切な才能なのだと。

横浜と原宿で近代建築に囲まれて育ち、早稲田で安堂信也から演劇を学び、パリ第8大学を経由して、帰国後はカイエ・ドュ・シネマをスタートさせ、90年代には黒沢清らのフィルムをフランスに持ち込み、籍を置く横浜国立大学では北山恒と・・・。戦後の東京と横浜の建築と都市空間、そして映画を考える上で、常に重要な場に居合せ続ける梅本先生は、どう考えても最重要人物の一人だ。安堂信也抜きの戦後演劇史が想定出来ぬように。

映画が消えてゆく、風景が消えてゆく。そう呟くためには、消える前の記憶を有していなければならない。
映画も、風景も掛け替えのないものだ、少なくとも僕にとっては。
だから、それらが消えつつある現実は、認めてはならないと、常に考えながら、目に映るものに注意を払い、それこそ馬鹿みたいに怒っている。

90年代以降の映画の凋落と都市部の大改造をかろうじて目撃した、つまり、消えてゆくものの記憶を殆ど持ち得ない僕らの世代にとって、かつてそれがどうであったのか、ということは、学ばない限り、たとえ極端に弱められたものであれ、痛みとして共有し得ないのだ。

映画からも、風景からも逃げないためには、それが重要だと、あえて言い切りたい。

第二文学部の中でも、僕は目一杯、ジャンルを横断したし、課外活動も3つ4つを平行して行っていたので、文学の友達とは文学の、ロックの友達とはロックの、映画の友達とは映画を・・・、とそれぞれの話題を話したのだが、全部を話すことが出来る友達には、大学を卒業して数年経った今でも、まだ出会えていない。

僕の興味の範囲は、大して広くはないのだが。


それはさておき、東京から風景が消えるって、どういうことだ〜!と思っている人もいるでしょうから、ご参考までに。もの凄くバイアスがかかっていますが。

松岡正剛の千夜千冊 内藤廣『建築的思考のゆくえ』
http://74.125.153.132/search?q=cache:8_rsSt2l-UMJ:www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1104.html+%E6%84%8F%E6%B0%97%E5%9C%B0%E3%81%AA%E3%81%97%E3%81%AE%E9%A2%A8%E6%99%AF&cd=5&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox-a

『建築を読む—アーバン・ランドスケープTokyo‐Yokohama』梅本洋一
http://www.amazon.co.jp/%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%80%E2%80%95%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%97Tokyo%E2%80%90Yokohama-%E6%A2%85%E6%9C%AC-%E6%B4%8B%E4%B8%80/dp/4791763092

東浩紀×仲俣暁生『工学化する都市・生・文化』(「新潮」6月号)
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2007/0530_0115.php

柳橋、2006夏
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2006/0905_0739.php

表参道ヒルズ安藤忠雄
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2006/0309_0046.php

前川國男 建築展」
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2006/0109_1910.php

丸の内は変わる
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2005/0519_0156.php

成城コルティ
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2008/0627_2001.php

『集合住宅物語』植田実
http://www.nobodymag.com/journal/archives/2004/0413_0353.php