New Moon (CD ポピュラー)/4

2007年05月03日 14:42

2007
Kill Rock Stars
Elliott Smith

『New Moon』Elliot Smith
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1560564&GOODS_SORT_CD=101

真夜中、ヘッドフォンをつけて、一人で聴くための音楽というものがある。

例えば、90年代を代表するロックの名盤ともいえる『Crooked Rain』(Pavementhttp://www.amazon.co.jp/Crooked-Rain-Pavement/dp/B00000JH3F
頭が冷静になって、客観的に物事を見ることができる、真夜中に聞きたくなるアルバムなんだ、というような発言を、当時彼らは繰り返していた。その冷静さこそ、彼らの根底にあった「時代や状況への違和感」や「批評性」であり、「I gotta tell you silent kid don't loose your graceful tone」(Silent Kid)という、静かに、しかし確実に状況を切り抜けてゆく覚めたフレーズに結びついていたのだろう。実直な聡明さを照れ隠ししながら時代に切り込んでいったこの時期の彼らの存在に、どれほど救われただろうか。

ペイヴメントと同時期に活躍していたエリオット・スミスも、昼間に友達と話しながらBGMに流すような音楽ではなく、真夜中、ひっそりと対話するように耳を傾けることが、ふさわしいのではないだろうかと、ずっと思ってきた。

今回、彼の未発表テイクを中心にした24曲入りの新譜が発売されたが、ライナーノーツを読むと、夜、外を歩きながら曲を作っていたとの発言が冒頭にあった。アコースティック・ギターの弾き語りに、ボーカルテイクを重ね合わせる「ダブリング」処理された湿った歌声が被さってくると、「エリオット・スミスの音が帰ってきたな」と感慨深い。

複数の歌い手が、和音を合わせるコーラスに対し、ダブリングは、一人の歌い手の別テイクを一つのテイクに貼り合わせる行為である。

彼の敬愛するビートルズ、とりわけジョン・レノンは、自らの歌声を嫌ってダブリング処理を多用した。白人ボーカリストの最高峰にあげられるジョンのどこまでもハードでかつメロウな声質を重ね合わせることは、結果的に、彼の歌声を、より常人離れした、タフな音へと磨き上げてゆく作業であったと思う。

エリオット・スミスのダブリングは、コーラスが重なれば重なるほど浮世離れして、彼岸の冷気を誘い込むようなビーチ・ボーイズとは間逆の手法で、重ね合わせれば重ね合わせるほど、彼の弱さが皮膜のように私たちの耳をそっと覆うような効果がある。別の音を積み重ね、調和させてゆくのではなく、一つの音を微妙にずらしてゆくこと。一人の歌い手の音と音の揺らぎのなかで、聴き手をすっぽりと包み込むかのような歌声。

だから、「Talking To Mary」、「All Cleaned Out」といった、控えめながらも高揚感のある彼独特のメロディーラインの曲は、空気がひっそりと張りつめてゆくあの時間以外にいつ流すのだろうと思わせるほど、夜に張り付いている。

弾き語りの形式ですら、ほんの少しのエフェクト処理で、音に刻印を残すことができるミュージシャンは、得難い存在であった。

音楽ファンの身勝手な願いであるが、もっと生きて欲しかった。