砂原良徳の復活/老人のマナーの悪さ/成瀬巳喜男のショットのリズム/明日は何時に渋谷に並べば良いのか

毎月15日は、サンレコの発売日なのだが、本屋に行くのが遅れて、昨日、成瀬を見る前に買った。
http://www.rittor-music.co.jp/hp/sr/
まりんこと砂原良徳が、前回と同様に紺の着物を来て登場するのは、実に8年振りだそうだ。前回のサンレコも、多分押し入れの中にあるので、後で見比べてみようかと思うが、砂原良徳は、若干やつれてはいるのだろうが、外見は年を取らない。彼のスタジオ写真を見て、機材の少なさに驚く。今後も機材・システムを減らし、プロユースではなく一般レベルで取り揃えることが出来る機材・システムで音楽を作ってゆきたいのだそうだ。何が自分にとって必要なことなのかを徹底的に見極めて、容赦なく贅肉をそぎ落としてゆく彼の思想は、音とその組み立てだけでなく、機材、システム、それを収めたスタジオ、そして彼自身の外見と、彼の表現を形作るものの内側から外側まで徹底して浸透していて、肩書きに茶人と付け加えても違和感がないようにさえ思えてしまう。新しい音源は、映画のサントラであり、予告編と主題歌を見聞きする限りでは、とても見に行く気にはなれないのだが、砂原良徳の音源は、当然、購入するつもりだ。スーパーカーの主題歌抜きで1000円割引というCDがあれば、そちらの方が売れると思うのだが・・・。
http://www.sonymusic.co.jp/?72000036_KSCL-1420&72000036_KSCL-1420_01SFL


暑さと体調のせいで、心身ともにガタガタなのだが、何とか今日も神保町に向かった。
受付1時間前に来たのだが、シルバー爺さんたちが20人くらい既に列を作っていた。シルバー爺さん・婆さんは、マナーが悪くて嫌いなのだが、何とかならないだろうか。今日も一本目の時は、右隣のじいさんが、上映前にパックのお茶とおにぎりを食べ、その後はそのゴミを入れたビニール袋をガサガサ2時間右手で弄び続けていた。この間『夏時間の庭』の時にも同様にポリ袋をガサガサ鳴らし続けた婆さんに、静かにして下さいと2度も大きな声で注意したように、注意しようかとも思ったが、注意した後はこちらも悪い気分を引きずるし、何しろ貴重な成瀬の上映会なので、迷いに迷って止した。その後も、落下防止の鈴を付けた携帯を何度も取り出して時間を見ていた。後ろの方の席でも、鈴を鳴らしながら、数えるのも嫌になるくらいに何十回も携帯を取り出しては何かを確認していた。劇場内で携帯を鳴らすのは、大抵中年以降の人たちで、なぜか鈴の着用率が高い。携帯を落としてもいいから、マナーを落とさないで欲しい。

しかし、2本目も、整理番号6番で入って、今度は右端の列の席に座って安心していたら、左の席におばさんが入ってきて、またもお茶とおにぎりを取り出して食べ始めた。会場から上映開始まで10分しかないのに、あるいは映画の上映時間は2時間しかないのに、爺さんも婆さんも、自制というものが出来ないのだろうかと、いつも不思議で、そして情けない。

もう嫌になって、席を移った。
40歳以上の男女は、いっそ場内での飲食禁止、携帯、持ち物、とりわけポリ袋は入り口で回収するなどの措置を、映画館は真剣に検討して欲しい。神保町シアターは、毎度毎度、携帯を切れ、飲食は周囲に気をつけろ、ポリ袋はお前が思っているよりもうるさいぞ、とご丁寧にアナウンスを繰り返しているし、他の劇場もしつこいくらいにアナウンスを繰り返しているのだが、それでも守れない中年以降の人たちは、もう取り締まるしかないのではないか。

もしくは、あからさまにマナーの悪い中年以降の人たちは、映画館に来ないで欲しい。
本当に本当に、迷惑だ。


毎度毎度、腹が立つので、脱線してしまったが、今日の『女の座』(1962)、『妻の心』(1956)では、成瀬というか、成瀬組の名人芸ともいえるショットの巧みさに、大いに笑い、興奮した。成瀬組の撮影は、朝9時から夕方5時まで、25日前後で、という猛烈な早さが有名だ。撮影に関する技術的なことは不勉強なのだが、あれだけ練り上げられた画面を次々に撮影し編集し接続するというのは、成瀬巳喜男玉井正夫高峰秀子といった制作部、俳優部の名人たちが集結して最大限の努力を最大限の速度で実践し続ける、という撮影所黄金時代でしか達成し得ぬものなのだと思う。

ヒップホップやハウスのトラックメーカーが後期の成瀬組の作品を目撃したならば、手際よく機材をセッティングし、必要最小限のサウンドを、最高の音質でサンプリングしてMPCに最も効率よくアサインし、リアルタイムでパッドを叩いて演奏し、至上のビートを生成してゆく過程とよく似たシステムが、その背後にあるであろうと想像するのではないか。

その手法と達成により、例えば『妻の心』では、三つ揃いのスーツとオールバックで隙のない三船敏郎のショットに、小林桂樹が肌着一枚でボタンが取れたんだけどと妻の高峰秀子に言うショットを接続するだけで爆笑を誘う。『女の座』の後半では、外国語映画であれば字幕を読み切らぬうちに次のショットに切り替わってしまうような、極度に省略された演出とセリフを加速度的に切り詰めてゆき、観客が認識できる最小限のショットの要素を見極めていくかのように、老いた父と母、不幸な後家のことなどは、てんで考えぬ「どうしようもない」中年の子供たちのショットの応酬とそれを滑らかに接続するユーモアとBGMを積み上げてゆく編集リズムに参入して機能した後には、はじき出されたかのように、笠智衆杉村春子夫妻が、夫と息子を亡くした高峰秀子に、寄生する中年の子供たち家族が蠢くかのような家を処分して、手頃な小ささの家に移り住もうかと、右手に若い親子が住むような家が建ち並ぶ路地を、ゆったりと歩いてゆく姿に結実する。
あたかも、ミニマルな音を組み立ててビートのBPMをぐんぐん押上げつつも、最後にとっておきのメロウなシンセパッドで夜を締めくくる欧米のベテラントップDJのような、最上のリズムが終わった後の疲労を心地よいメロディで包むような、つまり鳴り響かせていた音と、それによって踊っていた観客とを、分け隔てなく祝福する多幸的な感情すら場内に発生させていたのではないか。

目眩と動悸が酷いのだが、そんなものはもうすぐ治まるのだろうし、本も読めぬほどの細切れの集中力しかない状況だからこそ、こうした見聞きしているだけで入り込んでしまう上質な映画が、今の僕には何よりの薬なのかも知れない。

明日は、シネマヴェーラで『ヒズ・ガール・フライデー/HIS GIRL FRIDAY』の今月2度目の上映があるのだが、この映画史上最高の監督と俳優が作り上げた、最速で言葉を交わすスクリューボールコメディの金字塔の整理券を手に入れるためには、いったい何時間前に渋谷に辿り着けばよいのだろうか。個人的に、今までで最も早くあの映画館に並んだのは、午前10時だったのだが、少なくともそれよりは前に行かねばならないことは覚悟して、今日は早めに寝ようと思う。

明日の観客たちは、それこそビデオでもスクリーンでも、何度も『ヒズ・ガール・フライデー/HIS GIRL FRIDAY』を見ている人たちばかりに違いないのだが、それでもこの暑さの中を集まってくるのだから、競走なのか狂騒なのかその両方なのかは僕自身も分からないのだが、マナーの悪い老人だけはどうか遠慮して頂きたい。

それにしても、マナーの悪さと起きる速度とを反比例させる老人は、手強いなぁ。