『女が階段を上るとき』/成瀬巳喜男/1960/東宝/成瀬と高峰秀子はおっかない

キネ旬高峰秀子のインタビューを読んで、『女が階段を上るとき』を見たのですが、演じた役同様、胃潰瘍などで一年半仕事から遠ざかっていた当時の高峰秀子の心情がそのままセリフに出ていますね。

家族や回りの人(家族はもちろん、東宝のスタッフも)を喰わせなきゃならない、もうとっくに辞めたくて仕方がない、体を壊しても働かざるを得ない、最終的には金銭ではなく、プロとして仕事を全うする、他人の視線に晒される店内と楽屋や自宅等々、成瀬と高峰秀子が共謀して、映画界や他人のために金を稼がなければならない苦しみを、堂々と作中のセリフとして言わせている。女「優」が階段を上るとき、と改題しても良いくらい、女優として生きる事、それが金銭に換算されることを、かなり露骨に出しています。それこそ、中原中也の、ほらほら これがぼくのほねだ、という詩句のようで、見てはいけないその人の生の一番繊細な部分が晒されているような感じです。中也の詩集は、押し入れにしまってしまったので、引用句は正確ではないと思うけど。高峰秀子の場合は、辞めたいと思ってからさらにみんなを喰わせるために、結婚などをきっかけに『浮雲』の頃には既に女優を辞めたくて仕方がなかったにも関わらず、その後二十年以上もキャメラの前に立ち続け、そのおかげで映画史上の傑作群が残されたのですが。

ともかく、成瀬の研究者は、ちゃんとそのことに気付いているのだろうか。彼女が衣装を担当したことや、おばけ煙突が映っていることなども重要だと思うのですが。

浮雲』以降の成瀬の主演作では、監督と二人で脚本を削り、不要な部分をそぎ落とし、成瀬の頭の中に出来上がっている脚本の通りにブラッシュアップしていったそうだ。普通の脚本であれば、自分一人でさっさと直す成瀬が、なぜ高峰秀子主演作だけは、彼女と二人で脚本を削ったのか。

その過程は、成瀬組のスタッフですら、監督の考えていることが分からない、と半ば諦め気味に語る成瀬の考えていることを、高峰秀子だけには伝え、「黙認」させた場としての役割があったのではないか。


(成瀬に演技を)直されたとか「違う」とかって言われたこと、ないですかね。
––「もう一回演って」とか。

高峰 うーん・・・・・・(と考えて)、ない。

と答え、「成瀬さんと私の間には誰も立ち入ることができない。成瀬さんと私にしかわからない・・・・・・」ことの一端が、この作品のように、高峰秀子の私生活や心情、或は成瀬の女優や映画界で生きてゆかねばならぬ苦しみや喜びとして、紛れているのではないか。隠しつつ、堂々と露にさせた「映画」という形式と実態で。

だが、現状では、分からないなりにも残された手掛かりを元に、推測してゆく作業が不足しているように思えてならない。成瀬の生誕百年レトロスペクティブの公式パンフレットや『成瀬巳喜男の世界へ』を読んでいるが、この分だと、『乱れる』微分されたフレームと、白いバックについても、誰も指摘していないような気がする。う〜む。

それから、階段の手すりの下の蛍光灯の照明などによる、階段の演出のバリエーションも技術的には注目すべきなんでしょうね。ヒッチコックなどとの比較が出来そう。


さて、忙しなく動き回る仔猫の写真を撮ることは、シャッタースピードの遅い僕のカメラではとても難しいのですが、一応、ブレが少ない写真があったので、ご紹介しませう。


アランくん。何故かヒゲが一気に抜け替わり、今は短いヒゲ・・・。


ポーちゃん。首輪そのものは好きみたいですが、首に巻こうとすると嫌がる・・・。


次にネコを飼うときも、やっぱり以前と同様、メスネコで、名前はポーちゃんにしよう、と考えており、「寝村さん」と仮名の付いたネコとお見合いをしたのですが、ポーちゃんが、すっと僕の膝の上に乗って来て、その後は場所を移動しても付いて来ては、ジーンズをよじ登って膝の上から離れないので、猫村さんではなくて、こちらの子の方が、相性が良さそうだと思い、アランくんと一緒に来てもらいました。ちなみに、アランはそのとき、ずっと寝ていて、アランの体の上で、猫村さんとポーちゃんがドタバタしても、全く起きる気配がなかった(笑)。
まぁ、トイレに行って、そのままそこで寝ちゃうような子なので(笑)

なので、Edgar Allan Poeというよりは、ポーちゃんという名前に関連した男の子の名前が必要になったので、アランというか、あら〜ん(トイレで寝ちゃってるよ・・・)というずっこけ君な感じに合っているかと思い、名付けました。



土曜日に来てから、一階で生活していましたが、今日、ようやく二人揃って、階段を上って我が輩の部屋まで来てくれました!


にゃははは!と我がもの顔でダッシュするアラン。

アランが踏んでいるのは、一昨日、神保町で見つけた『伊勢人』の小津特集号。表紙の小津の写真があまりに威厳があるので、裏返しておいたのですが、良かった(笑)

FOSTEXのモニタースピーカーをアンプ台にするという、もったいない使い方をしているのですが、ポーちゃんはそのモニタースピーカー間の隙間が気に入ったようで、これはこれで良かったかな。