『Dirty Harry』/Don Siegel/1971

Do I feel lucky? Well do ya, punk!「今日はツイてるか?どうなんだクソ野郎!」

録画しておいた『坂の上の雲』の初回を見た。配役とスチール写真に、ほんの少し期待していたが、バカだった。90分耐え、BSで放送された『Dirty Harry』をDVDに保存するため、チャプター分割をした。

改めて、ドン・シーゲルとスタッフ達の物凄さが分かった。F1カーを、一流のスタッフが支え、天才ドライバーが乗りこなしているようなものなので、そもそも走りもしないテレビドラマなどと比べることが間違っているのだろうが、『坂の上の雲』は、制作に数年かけているはずだ。それでまともな演出ができないのは、やはりスタッフたちの怠惰なのだろう。配役はいいのだから。

いや、ドン・シーゲルでさえ、テレビドラマでは、奥行きや高低を欠いた構図で撮らざるを得なかったので、テレビドラマというシステムでは、そもそもまともな画面を撮ることは難しいのかも知れない。

ビルの上から、「スコーピオン」のスコープが、屋上プールで黄色い水着を着て泳ぐ金髪の白人女性を狙う。照準の十字は、やがて教会の十字架へと転調されてゆくのだが、スタッフロールとともに始まるこのフィルムのオープニングにおいては、現場を検証するために、スコーピオンが立っていたビルの上へと辿り着く過程で、通風口のファンを仰角で捉えたショットの、円形の中の十字へと帰着する。
イーストウッドが見下ろすサンフランシスコの街と、ゴールデン・ゲート・ブリッジ越しの晴れ渡った海の光景は、全てが青く包まれた夜明けに死体となった少女を発見するシーンを経て、小学生と運転手を人質に黄色いスクールバスで逃走するスコーピオンが見下ろされる、鉄道の上のイーストウッドの姿へと結びつく。つまり、サンフランシスコを一望するビルの高みへと立ってしまう二人の、殺意と殺意のフィルムであることが、オープニングで示される。この間、わずか5分30秒。そして、マグナム44が火を吹く名高いシーンは、それから7分とかからない。BGMも全く古びていない。

『BLOOD WORK』風に言えば、"I was wet my seat!"(漏らしそうなぐらい興奮したぜ)という感じですね。

無論、最初にマグナム44で瀕死の犯罪者を追いつめた後に呟く名ゼリフ、Do I feel lucky? Well do ya, punk!「今日はツイてるか?どうなんだクソ野郎!」は、そのままラストシーンでも反復され、「ツイていた」ために死なずに済んだ銀行強盗犯とは異なり、スコーピオンは殺され、貯水池に、オープニングの女性のように浮かぶ。うつ伏せではなく、仰向けに浮かぶことで、その傷をあからさまに見せる。そして、オープニングの風光明媚な光景とは真逆の、採掘場の枯れ果てた俯瞰ショットで終わる。全く素晴らしい。

人のことを非難したり褒めたりしてないで、さっさと食い扶持を見つけて、自分の仕事をせねばと思った。