2010年4月8日 Pavement 再結成来日公演(新木場STUDIO COAST)


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Slanted & Enchanted、Crooked Rain, Crooked Rain、Wowee Zowee、Brighten The Corners、Terror Twilight。Pavementのオリジナルアルバムのタイトルを並べてみると、そこには直線的、主流的な要素を避ける意志が垣間見える。それらがリリースされた1992年から1999年までの、つまり90年代において、メインストリームに対しオルタナティブ・ロックが隆盛に向かうなかで、主流を避けようとしていた、ということだ。

ファーストアルバムが欧米で批評的・売上的に成功した後、キャリア的・時期的に早くもというべきなのだろうが1994年のセカンドアルバムでは、ロックシーンに組み込まれてゆくことや、シーンの他のバンドへの違和感を表明している。無味無臭な商業音楽の反動としてグランジバンドが自らの人生の苦悩を歌い上げていたことに対しては、"I keep my my distress to my self /We need secrets /We need secrets right now"("Gold Soundz")と同調せず、さらにはdread、glum、punks、curly、jazzbo、danceと目についたジャンルを手当たり次第否定した挙げ句、"Good night to rock 'n' roll era /'Cause they don't need you anymore"("Fillmore Jive")とロックンロール自体も葬り去ろうとしていた。無論それは、ギターロックの可能性はまだまだこれからだ、チューニングの仕方さえ開発余地があるのだからとインタビューでスティーヴン自身が語っていたように、また同曲内で"I need to sleep, I need to sleep /Why won't you let me sleep?"と愚痴をこぼした上での八つ当たりとでも言うべきものであり、Pavementはその後90年代末まで活動を継続したのだから、ロックンロールから逃れられないことは自分たち自身で良く分かっているのだろう。彼らは続くサードアルバムをロックの聖地のひとつであるメンフィスで録音して以降、より意識的にクラシックロックへの接近を図ってゆく。それが"Old to begin"であることを知りつつ。

Embrace the senile genius
Watch him reinvent the wheel
I don't need your summary acts, summary acts to give into the narrative age

Old to begin -- I will set you back, set you back, set you
Old to begin -- I will set you back, set you back, set you
("Old to begin" Brighten The Corners)

この主流に接近しつつもそこに回収されまいとする往生際の悪さは、歌詞において散見されるだけでなく、サウンド面でも重要な要素となっているのではないかと常々思っていた。定形通りに進行しないコードや、脱臼を繰り返すことで感傷から逃げてゆくメロディーラインという、指摘が多い作曲での構造とともに、演奏において顕著になるのではないかとも考えていた。Brighten The Corners、Terror Twilightのツアーでの、つまり十年以上前の彼らの来日公演の詳細はすでに記憶から遠ざかる一方で、PV&ライブDVD "Slow Century"では、解散直前のタイトとさえいえる引き締まった演奏を随所で見せている。キャリア前半でしばしばいわれた「とっちらかった」ライブとはいかなるものだったのだろうかと思いを馳せていた。

ティーブンの飛行機が遅れ、30分押しでスタートした来日公演初日のライブは、とても評判が良かったようだ。昨夜の反省もあってか、ほぼ定刻通り19時にライブは始まった。『Crooked Rain, Crooked Rain』の1曲目、2曲目と組まれた昨夜のセットリスト通りの展開を想定していたが、"In The Mouth Of A Desert"、"Shady Lane"とあっさりかわされたものの、ステージ上手にセッティングされたオレンジのアンプヘッド、ブラックのストラトキャスター、ホワイトのジャズマスターから弾き出されるスティーブンの"bite"な喰い付きの良いクランチトーンのギターサウンドを、ステージ中央に陣取ったマークのプレシジョンベースの骨太な重低音と、その後ろのスティーブとボブのツインドラムのリズムが支え、ステージ上手のスコットがブラウンのハムバッカーのテレキャスター・デラックスで彩る、かつての彼らのままの機材とそのサウンドに、Pavementが帰って来たのだなと胸が熱くなる。リズム隊の3人は、ルックスがほとんど変化をしておらず、スコットの薄くなった髪の総分量を補うかのように、スティーブンは目の下まで髪を伸ばし放題にしていた。そして"Silent Kit"、"Grounded"、"Rattled By The Rush"と彼らの代表曲ともいえる曲を畳み掛けてゆく。再結成バンドのライブでは普通、こうしたファンが最も聞きたい曲は、例えば先日BSで放送されていたポリスの"Every Breath You Take"のように、観客の合唱を誘ったり、曲を引き延ばしたりする傾向にあると思うのだが、Pavementは全く逆のことをした。1番しか歌わず曲を終わらせたり、はっきり発音をしなかったりとデモ演奏のような力を抜いた演奏を行っていた。DVD収録のラストツアーで、ジミ・ヘンドリックスを真似て背中でギターを弾いていた"Grounded"では、反対にギターを肘で抱えてかがみ込む極めて演奏しにくい姿勢でギターソロを弾いたり、フロントの弦楽器3人でネックを左右に振る振り付けをしたり、と休暇でモラルとハメを外す医者を揶揄した歌詞の世界を台無しにするパフォーマンスを展開していた。そして、その様子を見て、恐らくPavementらしいと受け止め、ファンはますます盛り上がるのである。これは何なのだろう。

かつて日本のメディアはこうした様子を、ヘロヘロしていながらシリアスなどと、良く分からない言葉で片付けていた。当時の無責任なライナーノーツを書いていたロッキング・オンの編集者が、当時と全く進歩のないいい加減なライブレポートをアップしていて、当然のごとくファンから非難されていた。

(田舎の高校生以外には元々存在価値などないに等しい雑誌社なのだから)それはさておき、これは脱力でも解体でもなく、観客を盛り上げたり、見事なアレンジやギターソロを披露したりという、いわゆる「ロックバンド」的なパフォーマンスや、曲のメッセージやエモーションを伝えようと曲自体に没頭してしまう気恥ずかしさ、つまりはステージに立ちながらもなお、真っ当なロックバンドとしての立ち振る舞いを回避しようとする葛藤であり、"graceful tone"を失わない手段ではないかと思えた。

Hand me the drum stick,
Snare kick
Blues calls upon I knew myself in
Into the spotlight,
Ecstasy feels so warm, inside
Till five hours later
I am chewin', screwin'
Myself with my hands
("Silent Kit")

出音し、演奏する快感を味わうと同時に、それがある種の自慰行為でさえあることが頭から離れない。戦地で壊滅的な打撃を受けた部隊の生き残りを描写したり("Stop Breathin' ")、指導者達が死んだと聞いたと呟いたり("Starlings Of The Slipstream")、90年代のロックバンドの中でも随一とさえ賞賛された見事な作詞能力を発揮しつつも、戦地には送られたことなどないし、時代錯誤な感が拭えない強大な権力者などそもそもまだ存在しているのかといった、自身の並べた言葉への冷静な不信感から逃れられない。だから、演奏の質を向上させるどころか、各人がアンサンブルをずらそうとさえする。ボブがフロントでシャウトする"Unfair"や"Conduit for Sale!"のような盛り上げ曲ではなく、上記のような「文学的な」曲ほど、ステーヴンのボーカルがぞんざいになり、演奏が荒くなったように思えたのは、気のせいだったろうか。

道路を押し固め、通行しやすくする舗装道路=Pavementなどというバンド名を付けながら、進歩はしつつも、自己陶酔や自己目的化による硬直を嫌悪し、40を過ぎてなお、カレッジ・バンドのような風貌と反復横跳びや曲間でのサイン書きといったベテランとは思えぬ振る舞いをする彼らのライブは、いわるる「再結成ツアー」とはほど遠い、瑞々しさを讃えていた。とりわけ、ツアー序盤ですでに声を潰していたスティーヴン。"Cut your Hair"などと歌っている場合ではない。まずは自分が髪を切れ。会場中からそう突っ込まれたであろうこの男こそ、ステージに立っていることに居心地が悪そうで、それが実にPavement的であった。

※歌詞は主に"Brighten The Corners"、"Crooked Rain,Crooked Rain - L.A.'s Desert Origins"より